東京ビックサイトにて開催されたデザインフェスタvol.59にて
巨大ライブペイントへ出展いたしました。
オリジナルの民話「狐の嫁入り」を制作し物語のワンシーンを
青い彼岸花の群生と風船で空間表現いたしました。

写真提供:yuC様



狐の嫁入り



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霧深い山奥にあるその土地は、
昔、狐に導かれた場所で城を築いた城主に、白いお狐様が嫁いだという伝承の残る場所だった。
 
いまは朽ち果てて石垣しか残っていないが、
お天気雨が降った日は、城跡のある山の頂上に向かって青い狐火の列が登っていくという。
そんな土地に住まう祖父母の家に、
.幼いころ度々訪れては、寝物語としてお狐様の話を聞かされ、お狐様の白無垢を祖父母の家で大切に預かっていることを教えてもらった。
一度だけ、
特別にそれを見せてもらったことがある。
むやみに開けてはいけないと言い聞かされてきた奥の間に、その白無垢はあった。
シンプルな印象の見た目だが、布地のささやかな光沢と、織で表現された文様が、非常に美しく、
日が当たっていないのに、薄っすらと輝いて見え、これをいつか着てみたいと思うほど、息を呑む美しい白無垢だった。
小学校へ上がってからは、
場所が遠方ということもあり、祖父母の家には訪れることも無くなった。
月日はあっという間に流れ、社会人になり、
念願の研究職の仕事にも就けた。
そして今日、久々に祖父母の元を訪れる。
屋敷で大切に保管されている白無垢をまとって、嫁ぐことが決まったからだ。
日照り雨の降り続く中、
久々に訪れた祖父母の家は、幼い頃の記憶以上に大きな建物で、屋敷と呼んでいいほど立派なものだった。
玄関から入って広間へ行くと、会った記憶がほとんどない親戚たちが大勢集まっていた。
切れ長の目が少し冷たい印象の人たちや、
鼻の長さが特徴的な人たちなど、それぞれの親族と思われる、似た顔の集団がいくつか固まっている。
しかし、その中に祖父母は見当たらなかった。
近くの親戚に祖父母について尋ねると、みな口を揃えて、体調が思わしくなく寝室で休んでいるとのこと。
挨拶をしに祖父母の寝室を訪れたが、
うつしてはいけないと、障子越しで話すように言われ、祖父母はこんな声だっただろうかと、奇妙な感じがした。
日が暮れ、広間に集まった親戚たちによるお祝いの宴が催された。
その土地では、祝い事でいなり寿しを出すのが定番らしく、見たことない量のいなり寿しをはじめ、あまり口にする機会のない山菜や川魚などをいただく。
それにしても、知らない親戚に囲まれての食事は、終始気持ちが落ち着かない。
外は相変わらず、
星が見えるのに小雨が降り続いていた。
庭に目をやると、立派な彼岸花が雨に濡れながら群生しているのが見える。
昔、あれでよく花遊びをしたなと思い出す。
首飾りや指輪、提灯など、誰に作り方を教えてもらったか思い出せないが、植物学者となった今では、子供のころのそんな遊びが、進路に大きく影響したのだろうと物思いにふける。
親戚の誰かが
「今年も良い提灯ができた」
「あれはキレイに燃えるだろう」
「あれを代わりに差出せば、
 私らも食べられずに済むじゃろう」
「良い贄が来てくれたわ」
そんなことを話しているのが聞こえた。
宴を終え、用意された部屋で休むが、なかなか寝付くことができず、布団の中で何度も寝返りを打つ。
どれくらい経ったときだろう。
突然、先ほどまで聞こえていた虫と蛙の鳴き声がぴたりと止んだ。
おかしいと思い、身体を起こして耳を澄ますが、草木の葉擦れも聞こえない。
静寂に不安が増して廊下を覗いてみた。
特に変わった様子のない、薄暗い廊下が続いている。気のせいかと思い、起きたついでにお手洗いに行こうと長い廊下を進む。
一つ目の角を曲がった時だった。
再び続く長い廊下の向こう側から、誰かが歩いてくるのが見えた。
一瞬驚いたものの、人がいたことに安堵し、ゆっくりと廊下を進む。そろそろ向こうもこちらに気が付いただろうと、会釈をしたが、相手は気が付いていないのか無言で廊下を真っすぐこちらへ向かって進んでくる。
顔が分かるくらいの距離まで来て、相手が鼻の長さが特徴的だった親戚の人だということまで分かったが、次の瞬間、息をのんだ。
目がなかった。
顔に真っ黒い穴が二つ空いている人が
廊下を真っすぐ歩いてくる。
足がすくんで、どうにか身体を壁に寄せて気配を消すと、その隣を、不気味な顔をしたそれが静かな足音で通り過ぎていった。
気が付かれなかったことに、ほっと息を吐いて視線を後ろに向けると、通り過ぎたはずのその人がこちらを見て立っていた。
目がないはずなのに視線が合ったような気がした。
突然、噛みついてくるような動作で襲い掛かってきたので、慌ててそれを避ける。
ここにいてはまずい気がして、急いで逃げだした。
短い廊下を何度か曲がり、再び長い廊下に出たところで、廊下の先に何人か人が集まっているのが見えて、ホッとする。
変なものに出会ってしまった恐怖からか、その人たちの元に行けばもう大丈夫だろうと、声をかけながら走り寄る。
しかし、声に反応してこちらを見た人たちは、先ほどの人と同様に、眼が無く、黒い穴が並んだ顔がいくつもそこにあった。
声にならない悲鳴を上げて、慌ててきた道を走って戻る。最初に追いかけてきたソレと、鉢合わせて腕をつかまれそうになったが、ちゃんと見えていないのか、何とか避けることができたので玄関を探すが、どこにも見当たらなかった。
自分を追いかけてくるいくつもの足音を避けながら、無我夢中で逃げ回る。息が上がって、このままでは得体の知れないアレに捕まってしまう恐怖がじわじわと身体を覆っていく。
そして、
視界の端に、見覚えのある襖が見えて立ち止まる。
視線を襖の方に向け、下から上へ走らせる。
やはり、どこかで見たことがある。
雲のような柄の描かれたそれに惹かれ、近づいて、襖を開け、あまりの驚きに身体からドッと冷や汗が溢れた。
白無垢を着た人が立っていた。
薄っすら光り輝いているように見えるせいか、
人なのかどうかも分からない。
綿帽子が大きいせいか、鼻から下しか見えず、
逃げようにも足が動かない。
どうしようと逡巡していると、スッと 手招きされ、上半身が勝手に前のめりになり、部屋の中に倒れるようにして入ってしまった。
すぐ後ろで襖が勢いよく閉まった音が響く。
怖くて顔があげられず、手をついたまま畳を見つめた。
息をするのも憚られるほどの静寂。
心臓音が鼓膜のすぐ内側で聞こえるくらいにうるさい。
やがて裾が畳に擦れる音がして、こちらに近づいてくるのが分かった。
視界の端に白い裾と、その隙間から少しだけ足袋が覗いて見えた。裾の揺れと広がり方で、目の前の人物が屈んできたのが分かった。
いま、後ろ頭を覗き込んでいる気配がする。
恐怖で動けないのに、眼を瞑るのも怖くて、身体が震える。
小さく歯がカチカチと鳴る頭の後ろ側で、ふうっと息を吹きかけられた。
すると、緊張が取れて、震えが小さくなっていく。
「大事に預かってくれた礼に、
 あちらへ返してあげましょう」
女の人のような声で、そう伝えられる。
「ような」というのは、それが本当に話しかけられた言葉なのか、そんな音に聞こえただけなのか、はっきりしなかったからだ。
続けて
「庭に出たら赤い彼岸花を探しなさい。
 あれはまだ現世のものですから、
 それで提灯を作れば迷わず道を灯してくれるでしょう。花畑の中なら、土竜(もぐら)も追っては来ないはず」
視界から白い裾が引いて消えるのに合わせて、
気配が遠くなる。
顔を上げると、そこには誰も立っていなかった。
急いで立ち上がり、襖を開いて、庭と思う方へ向かう。ほとんど勘だった。
見覚えのある広間にやってきたので、雪見障子を開き、夕飯時に見た方角のガラス戸に手をかける。建てつけの悪い雨戸を開くと、青い彼岸花が庭一面に咲き乱れていた。
細かい雨に濡れた花弁は、明るい月あかりに照らされながら夜風に小さく揺れて、ぬらぬらと怪しい光を放っている。
廊下の奥からいくつもの足音が近づいてくるのが聞こえて、裸足でその中へと駆け込んだ。
彼岸花をかき分けながら、赤い彼岸花を探す。
端の方に僅かに生えた葛の葉に隠れて、一輪だけ赤い彼岸花が咲いていた。
微かな記憶を頼りに彼岸花の提灯を作る。
柄(え)にあたる茎の部分を持つと、突然、花の中心が赤く燃え始め、周りの青い彼岸花を照らした。
驚きつつも、このあとどうすれば良いか悩んでいると、青い火の玉のようなものが、少し先を浮遊しているのが目に入る。
直感的にアレについて行けばよさそうだと、
近づいて追いかけると、一定の距離を保ってその火の玉は少し先を飛んでいく。
月明かりに照らされて明るかったはずなのに、
いつの間にか周りは何も見えないほど真っ暗で、
小さな彼岸花の提灯だけが足元の道だけを照らしてくれた。
どれだけ歩いたか分からないくらい長い時間を歩き、先ほどの緊張感から解放された安心からかドッと疲れが身体を襲う。同時に眠気に襲われて、落ちてくる瞼を必死で持ち上げる。
前を行く青い玉の筋が、尻尾の長い動物のように見える。やがて白い狐が前を歩いていることに気が付いた。
狐はこちらを見ずに、前を歩いて行く。
疲労と眠気が限界を迎え、ちょっと待ってと声をかけたと同時に身体が前のめりで倒れていくのを感じる。地面にぶつかる直前、意識が完全に落ちてしまった。
ハッと目を覚ますと、見たことない木造の天井が目に飛び込んできた。
身体を起こすと、そこは屋敷の中だった。
昨日、親戚たちと食事をした大広間。さっきまで確かに外にいたはずなのにと、薄暗い部屋の中でゾッとする。
慌てて障子を開け、外に出ようと廊下へ飛び出してみたが、先ほど屋敷にいたときに感じていた、薄気味悪い感じがしない。
物音ひとつ感じられないほど、静かだった。
再びガラス戸と雨戸を引いて庭を確認すると、
やはり青い彼岸花が群生している。
月明かりの中、静かに降る雨に濡れて夜風に揺れているのは、先ほどと同じだ。
ただ違うのは、花の中心が青く小さく火を灯しており、不思議なことに小雨に打たれながらもその火は決して消える様子がない。
その灯りで庭一面がボウっと青白く光る中、庭の奥の木の根元に、先ほどみた白い狐が座ってこちらを見ていた。
見たこともない、人ほどの大きさもある白い狐だ。しかし、恐怖は感じない。とても美しく、青い灯りの中、ジッとこちらを見つめているのを感じ、同じように見つめ返していた。
やがて、静かに裏山の方に向かって消えていく。
それに合わせるように、庭の彼岸花も青い炎を
小さくして、やがてゆっくりと消えた。
雨はいつの間にか止んでいた。
直ぐに夜が明け、改めて屋敷の中を確認したが、やはり誰もいなかった。
それどころか、この家を使っていた形跡が殆どなく、薄っすらと埃をかぶっていた家具は、放置された年月を感じさせた。
廊下には、様々な野生動物たちの足跡がついており、どこから侵入したのか確認してみたが、
結局、それらしい場所は見つからなかった。
それどころか、屋敷だと思っていたのはとんだ勘違いで、この家は田舎のよくある、ただの大きな家だった。
なぜ、あんなに複雑で大きな屋敷だと思っていたのだろう。
奧の間も確認したが、小さいときに見た白無垢はどこにもなく、先日移動させた祖父母の仏壇が置いてあった場所だけが、日焼けせずに残っているのを見て、ようやくこの家に来た目的を思い出す。
取り壊しの決まったこの家を最後に見ておこうと思ったのと、記憶の中に薄っすらと残っていたあの白無垢。式にはあれを着たいと思ったのだ。
両親にはそんなものはなかった、無駄足になると言われたが、本当にその通りとなってしまった。
あの白無垢は、本当にお狐様からの預かりもののような気がしている。
恐らく、先ほど庭にいた、あの大きな白い狐が持ち主なのかもしれない。
返すことができたのかは分からないが、きっと二度と見ることはないのだろう。せめて、もう一度だけあの白無垢をこの目で見てみたいと思ったが、残念だ。
帰りの配車を待っている間、縁側に腰かけて、
彼岸花のあった場所を眺める。
そこにはただ手入れのされていない、雑草で荒れた庭が広がっていた。
せめてあの青い彼岸花を研究材料として持ち帰ろうと思ったのだが、先ほど庭に戻ったときには、もうこのような有様だった。
やはり、あの狐に化かされていたのだろうか。
太陽が出ているというのに雨が降り出した。
城跡のある向かいの山を見ると、青い光が列をなして登っていくのが見える。
これは果たして夢なのか、現実なのか分からないまま。その灯りが消えて見えなくなるまでずっと眺めていた。
story/らいだー
voice/葉山ゆき
art direction/やまぐちもも